基準はこころに手をおいて。

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服をずっとつくってきたけど
バックとかちいさめのものつくるのもすきだけど
イベント、演出とか、映像作りとかそういうのもだいすきで

きのう長々と書いたけど、
まだまだ これだーーー!!!のはっきりとした答えはそりゃあ
でていませんけど、
そこから変化した心情ったら

とにかく
必要とされる方向方向で、すべて 高めてこうときめた!
というころです。

いまは必要なHPをコツコツ、、
頭で心を追い越さないようにしながら進めます!


解って来た事はここの部分。
あわせたり、我慢したりするんじゃなくて、
逆にだた自分が基準でつくるだけでもなくて、
そして無駄に生み出されていくようなものでもなくて、

どんなものを生み出すとしてもこれからは

ようは (わたしも)一緒に笑い合える日々、
みんなが笑った顔が好きで
それをみられる一瞬一瞬のために、
criateをしたいのだね。

ということ。

あたたかさ とか、 一歩踏み出す、とか
あたらしさ とか、 そこにながれてくる新鮮な風 とか

それをあびてまた 進もう。♪
と心が輝くあの一瞬とか、

それは日常のひととひとの触れ合いからも感じられるのだけど

つくるものにも そんな息吹をかんじられるような


あたたかくて だけどふしぎな ナニモノでもない モノ 、 空間、 
を生み出していきたいのだと、

わたしは言っているようで


それはありきたりな モノ 、 やり方 、 世界 も
嫌なようで

あたらしい道筋でもって描く 道を歩みながら
そこでいままでみたことないような イロのものが生まれて
いつしかそれが1つの世界になって

それはでもくぎられた 1つ ではない ワールドとして調和してけるような。


そんなそんな ものを、 おおきく描いて
ちいさな小窓から 見て にっこりするように。

つくっていきたいのだなあ。

と、感じた今日でした。





そしてこのようなものは、
いま文章を振り返って読むとわかったように
わたしが私1人でつくれるものではなくて、

その個をとびだして いっしょにつくりあげていけたとき。

本当の、 調和したもの、 と感じられるのであろう。
と。


だれかひとり、ではなくって、
それぞれが輝く、っていうような、 そういういろんな人がいるのだけど
だれも我慢していなくて
ヒトは表現するために生まれたって言われていることが本当なんだ!♪と
思える 個々の表現がかがやく世界になっていったらいいなあー

と、 おもったのでありました
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by chocolat_laposte | 2014-01-13 01:32 | 感じた事
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