深い。家族とのこと。

f0077852_21434486.jpg



イヤー今回のきづきは大変大変深い!!! 笑

いろんなことが次々と見えてきます。
というのも「もうわたしはクリアに生きていく!!」と、
また、「心から喜ぶことをしていくんだ!!!」と宣言したときから
すごく深くなってきております。。。  笑

宣言が現実化するスピートがどんどん早まっております。

さて
いまTVから聞こえて来た事ー
「すきなことをちいさなころから追求させてもらえた」から
いまの自分がいる、また自分の夢を経たれた親がそれがつらかったから
息子には好きなことをしてほしいって育てたといっていたんだけど

そうだよなーほんとほんとってかんじて。

家もそうなんだよなー。と。
わたしの父は貧しい家系に育ったようで、
ちいさなころは食べ物がなくて海に蛤を広いにいったコトもあったそうだ。
父の両親は共働きで、ばあちゃんも工場の仕事をしていて、
片手の指は親指と小指しかない、機械に巻き込まれて切れてしまったそう。

でもその手がちいさいころからみていた自分は、普通で、
その カタチ がばあちゃんの手だなあとかんじていたのだけど。

そんな父さんは、その貧乏のおもいが辛かったから、
ぜったい家族をお金で困らせたくないから!といまの仕事を高卒で
目指したそうだ。

その想いがあって、いまの父が居て、
安定した暮らしが在って、
物質的にはとても整っていて、私はその家庭であたたかく育ててもらったなあと
いうことを思い出した。

そして父はいつも言った
「一度きりの人生だ お前の好きなことをやれ。」
ほんとにこの一言をいつも言ってくれた。

父さんは腹一杯ご飯を食べれるだけでしあわせだからと。
お前はやりたいことをやれるんだから、好きな事をやれと。

そう、そして、
人に迷惑かけること以外はなんでもしていいと。

(ただ、海外に行きたい(留学)!とかそういうのは行かせてくれなかったけど笑)
(あと、音楽の部活に入りたかったのにスッキリするから絶対スポーツの部活で
なきゃだめと意味のわからないこだわりを母さんがもっていて
部活を強制的にスポーツさせられたけど笑)

そんな想いをわたしにしっかりと植えつけるかのように、
コトもおき、
わたしはちいさな頃、車の事故に合ったこと。
それを見てさらに父は
「一度死んだようなものだ、生かしてもらった生を好きに生きるんだ」
とさらに言ってくれたこと。

そんなことが重なり、その父の想いのもと育てていただいたわたしは、
高校へいき、 
そして「人をハッピーにするような明るい色の服をつくろう」と
洋服の学校を進み、今に至り、
そう育ててもらったからこそ
こころからやりたい発想を自由に広げ、表現させていただくことができていて
こんなふうに生きていられることを心から感謝している。

そして、また、疑問も感じている。

父は「好きに生きれ」といい、
そのおかげで自分にのびた得意とする部分があるとするなら、
その一方でかけている部分がもちろんあって、
いま身近にいる家族を直接的にでも間接的にでも
わたしから幸せにすることができているであろうか??

人の幸せという大層なものにおおいに簡単にかかわれるとはおもってはいないけれど
自分のこの、
いろんなおもいが大きくなって、現実化するように表現をしつづけることが、
しあわせの連鎖で広がっていけるのだろうか?

幸せのかたちはいろんなカタチがあるとおもうけれど
わたしはすこしそんな、 どうかな?と、立ち止まるような気持ちも
かんじながら、
でもやっぱり、

不幸のうえに幸せがあるとかいうひとがいたりそんな言葉あるけど
そんなのは無いとおもう。

というかそんな世界はもう無くなるでしょう。
幸せなひとみたらしあわせだし、
よかったね!って幸せに連鎖が、もうとまらない〜〜〜!!!!というような
せかいになるというか、そういうのがわたしの理想。

くだらないねたみや、シットはいらない。
みんなが自分のこころからのやりたいこと、喜び、をみつけ
それにはげんで進むだけで、
きっとしあわせだけのせかいになるとおもうなー。


もう、暗いせかいにしがみつくのはやめようよ。
絶対笑ってるときのほうがたのしいでしょ、ね?ね?ね?

と、この想いを広げていく、そうおもえることを実行していく。
幸せのもとで現実にいろんなものをつくりあげていく。
それが自分のできることかな。
そしてそこに、いっしょにいるひとも、しあわせだなあ、
とかんじてもらうこと、これが自分の夢であります。

とおもうのでした。

ハッピーでいこ〜!!!!!
[PR]
by chocolat_laposte | 2015-12-18 21:43 | 感じた事
<< 富良野市長への報告会と、そのわ... いろんなところから。 >>