式退場後、奥の方で写真をたのしむわたしたちと、眺める方々、、♪
先ほどの日記の、 つぎは ひとりの人間としての視点をかこうとおもいます。 これは手でかきとめる日記のようなものにかくのが良いかとも思うのですが 記録としても、ブログにかこうとおもいます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー わたしは 生まれてからー 。 ずっと抱えてきたおもい 「どうして生まれてきたのだろう?」 「生きている意味はどこにあるのだろう」 そんな思いでありました。 それはただの哲学ではなく、マイナスに働く意味合いをもつ思いでありました。 小さい頃からほんとに身体が弱くって、どうして?? と、思うほどつらいことが多かったように思い出される幼少期。 おおきな病気をした、とかそういったものではないのですが、 喘息で大変だったのを覚えています。 いまこそ 大人になって喘息の事を学んでコントロールできるようになって楽になりましたが ちいさいころは 季節の変わり目、強い風が吹いただけで呼吸が苦しくて、、 でもあまり理解してもらえなくて 熱を出すたび とてもつらかったのを覚えてます。 もしかしてそういった悲観的なおもいばかりを背負うくせのある、 わたしだったのかもしれません。 「一度命をおとしたようなものを救ってもらえたのだから好きに生きろ。」 と冗談まじりに言っていた父。 車の事故にもあったことがあり、こんなふうに父親は話したりもしてくれた。 教育熱心の母は 勉学に関わることならなんでもやらせてくれ、 たくさん習い事させてくれた。 多くを語らない父は、大事な場面で言葉をくれて支えてくれた。 でも身体ゆえか、心も繊細に育ったわたしは子供らしくない、 北の国からでいえば純のような、 心のなかで つぶやきや、想いがあるのに言えなかったり、 心配かけまいと気にしすぎたり、その反面強い我がでてきてキカナイ面を持っているような こどもだったとおもう。 親の仕事の都合で転校を3度した。 3年生のときは 「わあ♪転校生!!」と喜ばれ 5年生のときは「転校生のくせに」と煙たがられた。 「転校を繰り返して嫌な想いをしたんじゃないかい?」 おおきくなって父さんは言ってくれた。 そんなことばが嬉しいし、いや、転校をしたらしたで順応するもので、 人と明るく接するじぶんになれたよ、と答えたのを覚えている。 いつもこどものような母。 アイスを食べたいときに食べ、テニスにあけくれる自由すぎる母さん。 まだ電話で用件おわってないのに話す事だけ話してバイバイの途中でブチッと 電話を平気で切る母さん。(これ悪口か?笑) でもわたしが高校生のとき、バイトのこと言い忘れて帰りが遅くなった時 半べその声で「どこにいるの??!」と心配してくれる不器用で優しい母。 そしていつも冷静で、仲良しの妹。 なんでも話を聞いてくれ、アドバイスをくれ、 支えてくれてる妹。家族の中間にいて、いつも家族を支えてくれている。 わたしにはない優しさや、ひとへのおもいのある妹。 そうやって家族をおもうと 裕福でも貧乏でもないいたって普通の家系に生まれたとおもうけど 心が豊であったかい家族に囲まれてしあわせに生まれてきたのだなあ とかんじれる。 そういまだからいえる、それは心が前を向いているからかな、と感じる。 家族、だけでなく、親戚のみんながとてもだいすきだ。 毎年夏集まって、遊んでいたからいとこは兄弟のようだし、 そのお母さんたちは、身近な存在。 今回も遠くから集まってくれてにぎやかで この家系に生まれて本当によかった、ありがとうとおもえた25日。 また、あたらしくお父さんお母さん、家族となった皆さんも 本当にあったかくて自然でいつもまたあいたい、とおもえる人々に出逢えたことが 毎日生きる事のたのしさにつながった。 存在価値を見いだしたくて はじめた気がするモノツクリ。 それは最初は自分のためかあ、振り返るとそうおもう。 こんな風だとかっこいいな!こんな人になりたい!きっとそんなおもい一心で 若い頃のわたしはがむしゃらに「洋服をつくる」を柱にして 表現活動をしてきたのだとおもう。 そう、わたしは表現をしたいのだなあといつからか気づいた。 その表現がいまは洋服デザインだけども、 じゃあ伝えたい根底は???? それをみつけるには20代前半のわたしには難しく とにかくつくってつくってつくったのだとおもう。 「どうして生まれてきたのだろう」というおもいに 打ち勝つためのように。 そうやって、好きに道を歩ませてもらった、家族のおかげで、 一般的でいうと遠回り??なのかもしれないけど、 すべてが必要な体験をしてーの いま、 洋服をつくりながらお店をしている。 そんなわたしのいまの表現の理由は 「つくる楽しさを知ってほしい」「体験できないことをここで感じてほしい」 自分のためではじまったような表現が、 いつしかここへくる誰かのためにかわっていた。 そんな表現を、 洋服ードレスつくりだけではなく。 企画、こまかいものの制作、 いろんな表現方法でつくった5/25という一日は もちろん相方がいて、そして てつだってくれた方々がいたから無事終えられたこと そんなみんなはなかまのような、かぞくのようなそんな風に感じれること。 そんな人々に出逢えたこと。 それをかんじれた25日だったこと。 すべてを含めて いまは 「生まれてきてよかった」 そんな想いにかわった瞬間でもあった。 これからもがんばって進んでこう、またすこし際最初にかいた、おもいがぶり返すかも しれないけど、でもきっとここからはもっと あかるくがんばってける。 そう思えた日を過ごせた事、 本当に感謝です。 みんなにありがとう。 だから、なんといわれようと 自分の足で進んで、悩んで、 本気で落ちて、でもこれだ!とあきらめないで進んで、よかったな、っておもってます。 そうやってみんなも、おちこんだって大丈夫さ!ぜったいたのしくなれるって おもえばなれるのさ〜とつたえてもいきたい// そういったこどもちゃんや、あたらしい方面への発信もしていきたいなって 今は思ってます。 家族で一枚。♪ 大笑いしているわたし。笑
by chocolat_laposte
| 2013-05-28 20:10
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tomomi onodera (live in hokkaido)
ここにあるしぜんとともに。キラリとすすもう。♪ 26歳までは札幌で洋服を作り様々な活動を。それから各地を旅しながらいろんな土地の空気を味わって♪ 山、空、ミドリに囲まれてすごすなかで、 人が自然からちからをもらいいきてくこと。 それを自らを通して、食事や、思考、という面でほんとうに心からたのしめるように。という思いが芽生え、 その人の持つ性質がより活きてく、心豊かな生活を♪ いろんなことに励んでおります ものつくりはブランド sjunde himlen facebook Sjude himlen HP アトリエショップ 富良野市北斗町4−6 1階 にほんブログ村 お気に入りブログ
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